公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第83回 2016年1月6日のソウルで

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

 年初は久々にソウルを訪問しました。毎年、年末年始ごろには漢江が凍ります。数年前のことですが、帰国した教え子と一緒に、初氷をバリバリ割りながら進む遊覧船に乗り、初体験だったので大喜びしました。今年は、時折冷たい風が吹く暖かいソウルでした。久々の友人たちと安国駅近くの韓方伝統茶のカフェ「ティーセラピー」でおしゃべりしていると、それぞれが選んだお茶が出てきました。「元気の出るお茶」「風邪に効くお茶」「消化を助けるお茶」「疲れ眼に効くお茶」「冷え性を改善するお茶」「ストレスを解消するお茶」と、どれも飲みたくなるお茶です。少しずつ分け合い、好きな味探しで盛り上がったのですが、一番人気だったのが韓方薬のお茶でした。独特の香りを嗅ぐだけで、疲れが癒されます。苦味、甘味が程よく調和し、口に含むと何ともいえない滋味が広がります。この豊かで深い精神的な味わいは、アジアの食文化、全てに通じるのではないかと思います。
 お茶のお土産を抱え、近くの美味しいパン屋さんにも寄りました。結構な値段でしたが、天然酵母で味は最高です。二階のカフェには、知人の女性画家の作品が掛けてあり、素敵な雰囲気です。パンを食べながら、みんなで夜の仁寺洞をつっきり、劇場へ向かいました。今回は「サ・チュム」と「ジャンプ」を見ることにしていました。ワイファイの力を借りても、迷ってしまいました。
 二つとも、その舞台の素晴らしさは言い表せません。訓練された肉体からほとばしるエネルギーと、知性を感じる演技。言葉がわからなくても、パフォーマンスのすごさで楽しめ、観客も一緒に舞台を盛り上げます。心地よい高揚感のまま、ホテルに戻りました。
 翌日は、国立中央博物館に行きました。見学は無料で、指定の時間に行くと日本語を話す学芸員さんが1時間ほど館内を案内してくれます。新羅の金冠の美しさ、百済の金細工の繊細さに眼を奪われ、王の棺から出た装飾品や人形、壷などから当時の生活を推察していきます。最後は白磁と青磁の話になり、植民地支配のときに収奪されたり、壊されたりした文化遺産の話で締めくくられました。日本の文化にも造詣が深い金さんの考察は、なるほどと頷く話ばかりでした。冬休みで、あちらこちらで、子どもたちが説明を聞き、仏像などの写生をしています。忙しい母親たちが先生を雇い、部屋でゲームばかりしている子どもを外に出して、学習させているということでした。子どもの頃から面白い歴史の話を聞くと、きっと社会の仕組みや状況に興味を持つ大人に育つことでしょう。ソウル市内のどこに行っても、公立の博物館は無料なのがうらやましいです。
 旅の最後の日は、市場に行くことにしました。ホテルの近くにある、広蔵市場で美しい布団を買い、中部市場では、スルメやお餅を買いました。冷えてきたので、地下商店街に入ると、いつも立ち寄る手作りのお店が並んでいます。木で作ったスヂョ(スプーンとお箸)や布で作った可愛いブローチ、1920年から50年の朝鮮戦争の頃までは、一般的に履かれていたコムシン(ゴムの靴)も買いました。友人が作ったヌビのマフラーを見せると、「すごいじゃないの」と、お店のおばさんたちが褒めてくれます。のどかな旅の締めくくりになるはずでしたが、昼食を食べていると、「北朝鮮で人工地震」という緊急報道が流れました。食堂にいる人たちは皆、ニュースにくぎ付けです。別行動をした友人たちは、光化門・興礼門の広場で、朝鮮時代の守門軍の交代儀式を再現した、「王宮守門将交代儀式」を観て感動したが、近くの日本大使館前にたくさん人が集まっていたと言います。水曜デモでした。元「慰安婦」だった女性たちの気持ちが尊重されず、政府間の決着が行われようとしていることに、若い人たちが中心になって、抗議の声を上げているのです。
 植民地統治の清算はすっきりせず、北朝鮮の核実験という緊張感の中で、2016年がスタートしました。二度と戦争を起こさないために、どのような状況になっても対話を続けていく、理性と忍耐を身に着けていきたいと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。