公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第76回 ユン・ソクナムさんとの出会い

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

 ソウルを訪問し、尹錫男(ユン・ソクナム)さんの作品を観る事ができました。現在、ソウル市美術館で開催されているのが、解放70年を記念する展覧会です。その第一回目、(4月21日~6月28日)となるのが、フェミニスト・アーティストとして活躍するユン・ソクナムさんです。「『慰安婦問題』Q&A」や今年、4月に発行された、「性奴隷とは何かシンポジュウム全記録」の表紙の絵にも使用されているドローイングが全て展示されるということで、楽しみにしていました。
 美術館に展示されていたのは、廃材をキャンパスにした絵、何枚も貼られたきり絵、そして、色鉛筆で描かれたたくさんのドローイングでした。
 蓮の花の中に、チマ・チョゴリを着た朝鮮人女性の木像が、たくさん立っていました。白、ピンク、黄緑がなんとも、清楚な感じですが、蓮の花を見ると、タイにおられた元慰安婦の女性の「私は蓮の花が好き。泥の中からあんなに美しい花を咲かせる。私も蓮のように生きたい」という言葉を思い出します。ただ、美しいだけでなく、これだけの女性が立ち続けるためには、どんな思いがあるのでしょうか。
 おどろいたのが、たくさんの犬たちでした。等身大に形つくられた廃材には、雑多な種類の犬たちが、それぞれの表情で私たちを見ます。なんと、1025匹の捨て犬たちを木で彫刻し、絵を描いたそうです。捨て犬を育てている、おばあさんのところに通いつめ、作品を創ったという熱意、病気や死んでしまった犬たちも黒く描くことで、その無念さを表現するという思い入れが伝わり、展示は一部でしたが、すごい迫力でした。
 ユンさんの作品には、祖母や母世代の女性たちがたくさん登場します。儒教的社会の中の女性たちや、日本の植民地統治や朝鮮戦争の中で生き抜いてきた先輩女性たちです。主婦だったユンさんが、40歳になってから作品を創作しはじめた強い思いが幾重にも重なり、作品から目が離せません。
 地位や名声よりも、苦労した母親世代の元「慰安婦」の女性たちのための、活動資金にと作品を差し出すユンさんです。そんなユンさんと友人たちとで、夕食を囲み、三清洞の漢方カフェ、「ティーテラピー」で、ゆったりとお話することができました。作品のアイデアや苦労、これからの豊富や、ご家族のことなど、たくさん伺うことができました。最後は漢方茶を飲みながら、足湯をご一緒し、気分も体もスッキリしました。滅多にない体験です。
 北村カフェ洞にある、昔の韓屋に宿泊し、久々に再会した友人と話をしていると、「性の植民地」と言われる女性問題ですが、日本のフェミニスト・アートの中で、植民地主義について表現している作品がどれだけあるのかと、考えこんでしまいました。帝国主義や植民地主義と女性差別は一体のものです。知らないだけかもしれませんが、日本の表現者では富山妙子さんしか出てこない現状を嘆き、これからの表現者を育て、支援していくことができないものかと、二人してあれこれ、意見を出し合いました。まずは、表現し、発表できる場所が必要だということになったのですが、なかなか妙案が浮かびません。
 ソウル美術館の建物は素晴らしく、入場料も無料になっています。うらやましいな、とため息をついて寝床に入りました。
 ユン・ソクナムさんの作品を観て、廃材でチマ・チョゴリを着た祖母や母の絵を描いてみたいなと思いました。部屋に飾っておくと、亡くなって久しい二人が見守ってくれるような気持ちになるかもしれません。展覧会でも、描かれたたくさんの女性たちが私を見てくれているような、心地よさを感じました。いつまでも観ていたい作品です。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。