公益財団法人 とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第52回 韓国ミュージカル『パルレ』

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

韓国で話題のミュージカル「パルレ(洗濯)」を観ましたが、素晴らしい舞台でした。
大きなファッションビルが並んでいる東大門市場近くの安いアパートの屋上で、洗濯を干しながら、さまざまな出会いが生まれます。江原道の田舎から来たナヨンは、ソウルで書籍店の店員をしています。ワンマン社長の下、ストレスのたまる毎日ですが、休みの日はたまった洗濯物をして過ごします。そんな彼女と友達になりたいのが、モンゴルから出稼ぎに来た青年、ソロンゴです。不法滞在をしながら工場で働くソロンゴはロシア文学を専攻する学生でしたが、弟を大学に行かせるため、劣悪な環境で五年もソウルで生活しています。二人の周辺には寝たきりの娘を介護しながら、その行く末を心配する高齢の大家おばさんや、離婚後、一人で暮らす女性など、みんな生きるしんどさを抱えています。
 解雇される先輩の味方をしたナヨンは社長の怒りを買い、遠方の倉庫勤務になります。
送別会で、酔って泣くナヨンにソロンゴは優しく慰めますが、そこを通りがかった、朝鮮族の出稼ぎ男性たちに絡まれます。外国人花嫁のポスターを指しながら、「おれたちに韓国人女性は見向きもしないのに、どうしてモンゴルの男に彼女がいるのか」と罵り、暴力を振るい、警察に通報すると脅かします。講義するナヨンを押さえ、通報しないでとすがるソロンゴ。その姿に、胸が詰まりました。
 九十二年の韓国と中国の国交正常化に伴い、朝鮮族の人たちが出稼ぎに来たり、農村花嫁になったりしていました。同年、ベトナムとも国交回復しています。二〇〇六年にソウルで大阪の民族学級や「母国語教室」について報告をしたのですが、その時に出会った、たくさんの人たちの中に、韓国文化を勉強しているベトナム人留学生の女性がいました。ベトナム戦争時の韓国軍の悪行が市民団体によって暴かれ、韓国政府が積極的に、ベトナムからの留学生や労働者が積極的に、ベトナムからの留学生や労働者を受け入れているという話でした。その頃、韓国の地方の国道沿いで目にしたのが、「ベトナム娘との結婚を斡旋します」という広告です。移住女性支援センターの人が、「これからの韓国社会は、多文化な子どもたちをどう受け入れていくのが大きな課題だ」と話していたことを思い出しました。
 劇中、洗濯をする場面が何度も出てきます。洗って、絞って、干している姿を見ていると、辛くて悲しいこともなくなってしまうような感覚になります。「パルレ」という言葉には心を洗濯すれば、希望を持てるという意味が込められています。「汚れた昨日を洗い流し、垢のような今日をたたき出す。しわくちゃな明日にアイロンをかけよう」という歌声を聞くと、本当に力が湧いてきました。フィリピンからの移住労働者の仲間が、ソロンゴと一緒に雇い留めに抗議する姿や、ナヨンを慰め、二人を見守るアパートの住民の姿に、大変な状況だからこそ、助け合おうというメッセージが伝わってきます。笑いと涙と怒りを表現した、素晴らしい演技とダンス、美しい歌声に、満足しました。こんなに、説得力があり、心に響く作品は久しぶりです。感動しながら、外国人労働者が置かれている状況や、韓国社会の現実を知ることもできます。
 九四年、ソウル初演から三〇〇〇回のロングランを記録した、「地下鉄一号線」もですが、今回と同じような気持ちになったのは、鄭義信の作による「焼肉ドラゴン」でした。伊丹空港を舞台にした血を這うような「在日」の歴史が、質の高い演技で理解できます。
 多文化な子どもたちの現実を映す、演劇やミュージカルを是非、観たいですね。できることなら、上演してみたいと思うのですが・・・。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。