公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第89回 絵本は世界を知るための窓

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

6月18日、大阪府外国人教育研究協議会による第24回府外教研究集会、堺・泉北大会が堺市立堺高等学校で開催されました。
 今年の全体会のオープニングは民族学級が設置され、民族講師が配置されている堺市内の二つの小学校と民族子ども会「堺ムジゲの会」、堺市立殿馬場中学校夜間学級のチャンゴサークルによる合同サムルノリと、「アリラン」の大合唱という素晴らしい共演になりました。
 特別企画は翻訳家で「アフリカの本プロジェクト」代表のさくま ゆみこさんの講演でした。さくまさんはアフリカ系アメリカ人を主人公にした絵本を数多く翻訳されています。1955年12月1日のバスの車内で、白人男性に席を譲ることを拒んだローザ・パークスの抵抗運動を描いた絵本、『ローザ』は私も読んでいました。公民権運動のきっかけとなった彼女の闘いに、どれだけ感銘を受けたか分かりません。「アフリカの子どもの本プロジェクト」では、ケニアの貧しい地域につくった子ども図書館の支援をし、ケニア以外のアフリカの子どもたちについても本を送る活動をされています。また、日本の子どもたちがアフリカの文化やアフリカの子どもたちについて知ることができるように、アフリカ関係の児童書のおすすめリストを作り、貸し出しもされているそうです。
長年の地道な活動から最初に紹介されたのは『エンザロ村のかまど』という本でした。水質が悪くて子どもの死亡率が高かったケニアの山間の村で、水を殺菌するためにかまどを作ったそうです。料理のかまどの横に水の鍋を置いて殺菌すると、子どもの死亡率が激減しました。山間の村に図書館をつくるには配送できる道がないので、ラクダや馬などに本をのせて移動します。「本がまったく読めなかった村の子どもたちが、絵本を通じて、世界を知ることができます。幼い頃から、お説教くさくない交われる本が必要です。窓を開けると今ここにはない世界があります。ちがう世界が見えると救われる子どもがいます。その窓を開けるのが大人の責任です」とさくまさんは話されます。幼い頃からいろいろな差別を体験してきた黒人作家、ジュリアス・レスター(『あなたがもし奴隷だったら』の著者)は、今、目の前の世界とは別の世界があることを本によって知り、生きることができたと言っています。
 日本では、毎年、書籍全体の新刊の出版点数が年7万5000冊前後だそうです。その内、新刊の児童書は5000冊で、翻訳物は30%ぐらい。現在は16%に減少し、出版社が内向きになっているようです。アメリカも外国のものが少なく、ナチスの時代にドイツから移民した作家のマーガレット・レイ(『おさるのジョージ』の著者)や、ポーランドから移民したユダヤ人作家、モーリス・センダック(『かいじゅうのいるところ』の著者)など、アメリカは移民の人たちが文化を創った国なので、たくさんの翻訳本があったのに、今はたった2%だけになってしまったということです。
 親が宣教師で、中国に生まれ外国を巡り多様な価値観に触れて育った作家、キャサリン・パターソンは「アメリカの図書館には自国の本がたくさん並んでいるので、外国の本が忘れられている。イランやイラク、セルビア、韓国と北朝鮮など世界で暮らす友だちを子どもや大人に与えなくてはいけない。友だちが住む国に害を与えることはしないから」と発言しているそうです。さくまさんは軍需産業が背景にあるアメリカで、この発言はすごいと評価されていました。
 児童書をたくさん紹介しながら、民族主義が台頭する時は生活が苦しい人が多くなるときで、社会への不平不満を煽る人によって、火が燃え上がる。民族主義、ヘイトスピーチ、戦争はいつもセットだと締めくくられました。
 不安な事件が続いている最近ですが、自爆テロ事件の背景もしっかりと見て考え、誰にとっても人間として最低限の生活が守られる社会にしたいです。本を通じて、多様な文化や考え方、歴史、置かれている状況を知り、出会ったときに友だちの目線で話ができれば良いですね。さくまさんお薦めの本を読み、世界を知るための窓を開き続けたいと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。