公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第88回 演劇を観て、実感する「在日」の歴史

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

・演出、鄭義信による『焼肉ドラゴン』は大阪空港建設のため戦争中に日本にきた朝鮮半島出身者たちの戦後を描いた素晴らしい演劇です。三部作といわれる作品が一挙上演されるということで、今回、初めて、あとの二作品を観ることができました。
朝鮮戦争が始まった1950年代を描いた『たとえば野に咲く花のように』は、朝鮮戦争特需の中で日本の港町で暮らす、朝鮮人と日本人それぞれが癒されぬ戦争の傷を吐露する切ない物語でした。
 そして、『パーマ屋スミレ』です。九州の炭鉱の町にある、朝鮮人居住区、アリラン峠で暮らす炭鉱夫だった父親と娘3人。姉は水商売をしながら、女手一つで息子を育てますが、男を渡り歩き実家に預けっぱなしの息子からは疎まれています。二番目の須美は高山厚生理容所を一人で切り盛りしています。再婚した夫は炭鉱で安定した仕事を得るため、「帰化」しますが、舅からは「裏切り者」とののしられ、将来の目標もなく、あまり仕事もしていません。三番目の春美は心優しい炭鉱夫の日本人と結婚し、幸せな夫婦生活を送っています。貧しくても、本音で言いたい放題言いながら、助け合う人々の生活風景からはじまった舞台は、突然の落盤事故で急展開します。
三井三池炭鉱爆発事故をモデルにしたこの事故により、姉妹は暗闇に突き落とされます。
 須美と春美の夫は仲間を助けに山に入り、一酸化中毒になります。会社は補償を渋り、外傷のない一酸化炭素中毒患者は長年にわたり、放置されてしまいます。あんなに優しかった春美の夫は、頭が割れそうに痛くなると、家中のものを壊し、春美を殴ります。この人が悪いのではない、事故のせい、病気のせいと、懸命に夫を看病する春美ですが、ついに夫の望みどおり、殺してしまいます。須美の夫も同じように後遺症に悩みますが、苦しみながら須美と一緒に、朝鮮民主主義人民共和国に帰還する弟を見送り、閉山されたアリラン峠で暮らします。須美はそんな夫たちの無念を晴らすために、会社を相手に告訴を決心します。女たちの闘いはドキュメンタリー映像で観たことがありますが、その過酷さは想像を絶しました。
 長女一家が炭鉱の町を後にし、万博開催による好景気の大阪に移り住みますが、そこが、「焼肉ドラゴン」の舞台になった、中村だということはすぐにわかります。初老となった長女の息子がナレーションすることによって、舞台と観客の一体感が増します。三輪自動車、ミゼットが走るバラック住宅や水が出る井戸、七輪で焼くイカの香ばしい臭いを感じるなど、舞台装置のリアルさは、テント芝居を甦らせます。そして、何よりも、出演者の迫真の演技に圧倒されました。3作とも、韓国や「在日」の俳優だけでなく日本人が朝鮮人を演じているのに、なぜこんなに感情移入できるのか、不思議です。
 三姉妹の父親が何度か、「どんなに辛くても、人間は生きなくてはいけない」と言うのですが、その言葉を聞くたびに希望のようなものが湧いてくるのは何故でしょう。演劇は作り物ですが、歴史的事件を知り、その時に生きていた人たちの息吹が伝わってきます。
5月2日、一人芝居「身世打鈴」を2千回以上、上演された新屋英子さんが亡くなられました。生前、新屋さんに、「本来ならば朝鮮人が演じるべき『身世打鈴』を日本人が演じることの意味は何ですか」と聞いたことがあります。日本人の彼女が演じることによって、一世の在日朝鮮人女性が生きてきた歴史がたくさんの人たちに伝わりました。その功績は大きいです。感謝の気持ちを伝えられなかったことが悔やまれます。
劇中の人物と一緒に、怒ったり、あきれたり、笑いながら、涙する。そんな骨太な人間ドラマを観ることができる幸せを、これからも味わいたいです。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。