第74回 夢中になれる幸せ
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
何かに夢中になると良いことは何でしょうか。時間が経つのが早く充実している。どんな人にも寛大になれる。体中が活性化し、前向きな気持ちになれる。最近、夢中になっているのが宝塚歌劇団星組トップスターの柚季礼音さんです。トップスターになって6年になりますが、昨年の夏にはじめて彼女を舞台で観ました。その演技力、切れの良いダンス、熱唱に、ゾクゾクさせられました。これから、ファンになろうと思ったのに、残念ながら、退団すると発表がありました。サヨナラ公演のチケットは完売で、始発電車で当日券並びかと覚悟したのですが、幸運にもチケットが手に入り二回も見ることができました。
お芝居の格好良さもですが、ショーの素晴らしさは格別です。男役全員が同じ黒い燕尾服で踊るのですが、柚希さんのダンスは他を寄せ付けません。後ろ向きで登場しても、彼女だと分かるぐらいオーラがでています。たくさんの人たちが彼女に惹かれるのは、姿形だけでない、地道な努力に裏打ちされた演技力なのだと思います。知性、色気、情熱を感じられる彼女の舞台を観ているときの高揚感は最高です。そして、ファンへのサービス精神は半端ではありません。最初で最後のディナーショーの中継を観ることができ、最後に彼女が中継会場に現れ、歌のプレゼントをしてくれました。本当に驚きました。
私が宝塚歌劇に通いつめていたのは、中学生の頃です。40数年ぶりにすごいトップスターに出会うことができました。彼女が二番手で活躍していたときのトップスターが安蘭けいさんです。類まれな二人を見逃してしまったこの10年は、仕事に没頭していました。もう少し早く、舞台の彼女たちと出会っていれば、気持ちが楽になれたのにと悔やまれます。柚希さんのファンたちは、彼女を応援するために長い時間、列をつくり待っています。このエネルギーを社会に向ければ、すごい変革ができるのではないかと感心させられました。
宝塚歌劇という枠の中で、最高の舞台を目指す女性たちの努力に毎回、感動せずにはいられません。残念ながら舞台の上では、男性以上に男性性が発揮されます。男性の思い通りにならない女性に翻弄されたり、女性の自立を支えたりする男役をみてみたいのですが。
結婚し、子どももいる私が活動をしていると、土日も外に出て、お連れ合いはすごく理解のある人なのですねとよく言われました。家事も育児もこなし、仕事もして活動もしているのに、邪魔はしないだけの連れ合いが素晴らしい人と賞賛されるのです。こんな理不尽なことはありません。うちの連れ合いはすごく理解があると、手放しで喜ぶ女性たちの話にもうなずけません。こんなことを言うと、男性からも女性からも嫌われそうですが、自分の基準がどうなのか、検証するべきだと思います。まだまだ、女性の犠牲の上に成り立っている結婚生活ではないでしょうか。
先日観た、花組の大石静原作のミュージカルも見応えがありました。フランス植民地主義の弊害を友情や恋愛に包んで、演じられていました。大衆文化は多くの人の意識を変える力を持っています。宝塚歌劇こそ、そんな可能性を持っているのだと思うのですが、どうでしょうか。シェークスピアの時代には男性が女役をし、歌舞伎や文楽も男性だけの世界です。異なる性を演じることで、新たな男性像、女性像が生まれます。多様な表現を見ることで、自分の中の「当たり前」がどうなのか、考える機会になりますね。
出遅れましたが、柚希さんのパフォーマンスを満喫し、感謝したいと思います。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。