公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第66回 「生きる力」とは「死なない力」

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

夏休みになると、路上生活をしている人たちは襲撃に備えるそうです。行き場のない子どもや若者たちが、グループで襲ってくることが頻繁に起こるからです。暴言を吐かれ、殴るけるの集団暴力を受けた人や、寝ているときに目をナイフで刺された人もいます。1982年、横浜で起こった事件から31年間、少年による襲撃事件が後を絶ちません。とりわけ、2012年10月の「大阪梅田ホームレス襲撃事件」は、あまりに身近で衝撃的でした。40代から80代の男性5人が次々に襲われ、富松さんという男性(67歳)が亡くなりました。犯人は16歳から17歳までの少年4人です。加害者の少年たちのほとんどが、いじめられた体験があり、親から放置され、暴力や虐待を受けていた子もいます。一度、執拗ないじめに遭うと、自尊感情はずたずたになり、安心できない毎日を強いられます。二度とそんな恐怖を味わいたくない被害者が、自分を守るために多数者に与し、いじめる側に回ることもあります。
どうすれば、子どもたちを被害者にも加害者にもさせない実践ができるのでしょうか。「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」代表理事である、北村年子さんと生田武志さんのお話を聞くことができました。北村さんは、家庭崩壊していった自らの生い立ちを語ります。「ホームレス襲撃事件の根底には、弱者は排除してもよいという社会の風潮があり、野宿者への差別意識と傍観意識が横たわっている」というお話を裏付けるのが、「ホームレス相手なら大人に叱られないと思った」という少年の言葉です。大学時代から野宿者と共に活動している生田さんは、梅田の襲撃事件の少年たちが、家庭にも学校にも居場所がない状況に追いやられ、事件を起こすまでの経緯を検証していきます。経済的な貧困だけでなく、愛されたことのない自信のなさ、学校できちんと向き合ってもらえなかった不信感という、「関係の貧困」が襲撃の大きな要因になっているという言葉に、納得させられました。
お二人は襲撃事件の裁判を見守りながら、2008年、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を立ち上げ、全国の学校で、野宿者の人たちと出会う授業実践をされています。2009年に製作された教材用DVD映画を見たり、野宿者の人たちの話を聞いたりした子どもたちの感想の中に、「ハウス(建物)があってもホーム(安心できる場)のない人より、人間らしい人たち」と野宿者の人たちを身近に感じたり、「人を傷つけないと、自分の生き場所がない。自分がこの世に必要とされていない存在だと今でも思っている」と切実な気持ちが書かれたりしています。こんな地道な取り組みのお蔭で、襲撃事件がなくなっていった自治体もあるそうです。すごい実践です。
事件を起こしてしまった教え子たちを、学校や教員はどう受け止めるのでしょうか。「たすけて」と言える人間関係があれば、こんなことにはならなかったのにという後悔はしたくありません。「ホームレスは怠け者。社会のごみをきれいにしただけ」と少年たちに言わせているのは、私たち大人の差別意識です。野宿者の人たちは、毎日が生きるための闘いです。野宿者になった経緯も一人ひとり違います。女性の野宿者の中には、自衛のためにビルとビルの隙間を寝場所にしている人もいるそうです。自分と同一線上に生きている人たちだという、当たり前の意識を持ち続けていきたいです。
「自尊感情」など持てない状況の子どもたちに、「生きる力」すなわち「死なない力」とはどんな力なのか、伝えなくてはとあせります。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。