第59回 寒い冬に負けないぞ。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
零下一〇度のソウルで年末を過ごしました。東大門の近くのホテルに泊まったので、毎日、市場をのぞき、乾物やお菓子、衣装、小物などを見て歩きました。立ち寄った、曹渓寺(チョゲサ)の周りは警官隊でものものしい雰囲気です。鉄道民営化への反対闘争を続けている、全国鉄道労働組合の人たちがストライキをしており、ついに、KTXも全面スト突入という報道がされていました。町を歩いていると、機動隊車が水を吸い上げています。集会やデモをしている人たちを解散させるために、放水するのだそうです。こんなに寒い日に凄まじい勢いの水を掛けられると、心臓麻痺を起こしたり、肺炎になったりするのではと、想像するだけで気持ちが凍ります。
寒い冬の楽しみは、演劇に映画、そして、食べ物に買い物ですね。塩味のコップチャンと焼酎は最高でした。肉を叩いてハンバーグのように焼いた、「トッカルビ」も力が湧いてくる美味しさです。そして、素朴な味のカルグッス(手打ちうどん)で体が温まります。日本の「うどん」と「たくわん」は、そのままの名前で韓国料理の中に、しっかりと溶け込んでいます。滋養のある美味しいものを食べないと、ソウルの冬は過ごせません。
かつて、ソウル大学のキャンパスがあった大学路(テハンノ)には、一五〇もの小劇場がひしめきあっています。二〇〇から三〇〇人の席数で、三千円から五千円で演劇やミュージカルを観ることができます。若いアーティストや、人気俳優、韓国ドラマの熟年脇役などによる素晴らしい舞台に、今回も感動させられました。映画はソン・ガンホ主演の「弁護人」を観ました。高校卒業後、日雇い労働をしながら、司法試験に合格した主人公が、苦学していた頃の恩人の息子を助けるため、弁護することになります。一九八一年、釜山で実際に起こった、不法拘禁と拷問を加えたねつ造事件、「釜林事件」の弁護を通して、主人公が人権派弁護士に変容していく姿を描いています。貧しい人たちの味方になり、社会を変えようと活動する大学生たちが、拷問と脅迫の果てに自白させられ、肉体的にも精神的にも追い詰められていく過程がよくわかります。拷問の場面を見る度に、映画を観ている人の中に、スパイ事件捏造の被害者がいるかも知れないと思うと、身が引き締まります。
見どころは、ソン・ガンホが検事側をやり込める、公判場面です。書店で買えるE・H・カーの本を読めば「反共法」違反になり、スパイになるのかと問いただし、拷問の実態を暴露します。「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から出てくる。国民が国家だ。」と憲法の条文を絶叫する姿に、熱いものが込み上げてきました。劇場には四〇代や五〇代だけでなく、アイドル出演の効用か、若い世代もたくさん観に来ていました。家族連れもいて、三世代が一緒に笑い、怒り、泣きました。上映終了後は、拍手が鳴りやみません。
故ノ・ムヒョン大統領の人生をモデルにした映画は、一月一九日の新聞記事によると、公開三三日目に観客動員数、一千万人を突破したそうです。鉄道労組のストライキも政府の、民営化の布石になるようなことは撤回するという宣言で収拾されることになりました。厳しい寒さが続きますが、かすかな希望が感じられる年明けです。
今年も、第一三回大阪弁護士会人権賞を受賞した「とよなか国際交流協会」と共に、楽しい、独自性のある活動をしていきたいと思います。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。