第55回 対話から見えるもの
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
九月から、対話式の授業がはじまりました。四年生の子どもたちが四つに分かれ、一グループ二〇名で内容を決めて話し合います。「子どもの哲学」を実践している大阪大学の人たちに手伝ってもらって、二年前から取り組んでいます。今回は教員が、フェシリテーターになって進めることになりました。一回目は、最初に「夏休みにたくさん食べたもの」と「暑い夏をどうやって乗り切ったか」を順番に話していきました。多かったのが、アイスクリームとそうめん。お弁当と答えた子どもたちは毎日、クラブの練習で食べたそうです。ご飯という子や、焼肉でスタミナをつけていた子もいました。宮崎のおばあさんのところで、マンゴーをたくさん食べた子もいて、うらやましいと言われていました。
連日、三五度を越す暑さ対策は、どの子もクーラーと扇風機を組み合わせたと答えていました。中には、氷枕をして寝たとか、首を冷やしたとか、顔にミストをしたという工夫もあり、感心させられました。私が子どもの頃は三〇度を越えると「真夏日」と言っていましたが、三〇度なら涼しいくらいに感じるのですから驚きです。地球温暖化が切実に実感できた夏でした。
一回りしたところで、「最近気になったニュース」について出し合いました。「イプシロンロケットの打ち上げ中止」という発言にすかさず、「明日一四日に再度打ち上げ予定」と教えてくれる子がいます。誘拐殺人事件、ひき逃げ事件、竜巻、水害など、多岐に渡るニュースが出てきました。「シリアが化学兵器を使用したからアメリカが介入している」というニュースにも、みんなは頷いています。二〇二〇年に、東京オリンピック開催決定のことも出てきましが、「安倍さんはうそを言った、福島からの汚染水はコントロールなんてされていない」と指摘する子もいます。たくさんの意見の中で、みんなで話しあう題目として、私のグループでは「メロンパンに針が入っていた事件」が賛成多数で決まりました。七月に、千葉県で連続して起こった恐ろしい事件です。容疑者が逮捕されてもなお、被害が続くことに「犯人はどんな気持ちでこんなことをするのか」という、疑問が生まれます。スーパーマーケットに恨みを持っている人、模倣犯、何か嫌なことがあっての仕返し、などの意見が出てきました。「生きていると嫌なことはたくさんあるけれど、関係のない人に仕返しするのをどう思うか」と聞くと、「ひどい、おかしい、ひきょう」と全員が声を上げます。
本当は上司に言い返したいのに、力関係でできず、同僚や後輩に嫌がらせをするという風景は「パワハラ」、「セクハラ」という言葉通り、目にすることが多いです。昔は役所の職員が外国人に対して、高圧的な態度をとることがよくありました。命令され従わされる生活の中で、子どもを支配しようとする大人もいます。力の弱い方への抑圧の連鎖はずっと続きます。
子どもたちも、この負の連鎖に巻き込まれ、突然、学校で暴言を吐いたり、暴力を振るったり、授業妨害をすることがあります。ヴィクトール・E・フランクル著、「夜と霧」の新訳版(池田香代子訳)を読んでいると、「強制収容所で人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的を持たせなければならなかった。なぜ、生きるのかという問いに正しく答える義務を果たすことが大切だ」とありました。家族や大切な人のために、研究のために、やりたかったことのために生きなければならないと考える人は、あらゆることに耐えられるとも書かれています。そのためには、模範になる存在や自分の経験したことは、どんな力も奪えない尊いものだと評価してくれる存在が必要です。
子どもたちに未来を考え、今を見つめてほしいと願うなら、自分はどんな生き方をしたいのか、伝えなくてはと思います。これからも対話は続きます。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。