第15回 統一のその日まで
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
五月一日から大阪で上映されている、映画「クロッシング」を観ました。初日は、立ち見席が出るほどの盛況ぶりで、初回上映後、拉致被害者の家族の方からのアピールもあったようです。二時間待って、二回目の上映に、ようやく入ることができたのですが、期待を裏切らない内容でした。
冒頭の炭鉱で働く労働者たちの簡素な住まいや、赤いスカーフを巻いて、登校する子どもたちの姿に、ちょっと前の中国なのかと錯覚します。貧しいながらも国家建設のために働く北の同胞たちの姿は美しく、誇りに満ちています。そして、仲間を思いやる姿にも、懐かしいものが込みあげてきます。そんな貧しい人たちの中で、主人公が訪ねた友人は、やみ商売をしているらしく、洋酒を振るまい、韓国のサッカーや映画のビデオを見せます。話の様子から、ここが中国との国境沿いの村だということが分かってきます。質素な食事でも、親子三人の団欒はとても明るいのですが、妻の咳き込みが陰を落とし、観ている私たちが不安な気持ちにさせられます。妻は二人目の子どもを身ごもった体なのに、夫や一一歳の息子のために、食事も満足にしていません。
ついに、栄養失調と病に倒れてしまった妻の滋養にと、愛犬を殺して食べるまで、追い詰められていく家族の姿に、ますます不安が募ります。羽振りの良かった友人も、密告による家宅捜査で、寝込みを襲われます。高価な物品の他に、隠し持っていた布教用の聖書がたくさん暴かれ、その日から一家の姿は消えてしまいます。
唯一の頼りだった友人もいなくなり、主人公は妻の薬を手に入れるため、中国に密入国する決心を固めます。かつて、サッカー選手として活躍した主人公が、主席から贈られたテレビを売り払い、当面の食料を工面した後、息子に妻を託し国境に向かいます。泣きすがる息子と、石ころでサッカーをする姿が痛ましく、この親子が無事に再会できることを祈らずにはいられなくなります。
数ヶ月で戻るつもりの主人公でしたが、苦難に見舞われ、ついには、家族がいる世界とは真逆の韓国の地で、「脱北者」として生きることを余儀なくさせられます。そして、母親を亡くした息子は一人ぼっちになり、反逆者の子どもとして収容所生活を送らされます。命を賭けた密入国労働、外国の領事館に逃げ込む緊迫感、孤児になり盗みや物乞いをする子どもたち、収容所での暴力、政治的な思惑など、映画は、たくさんの聞き取りを基に、私たちが知らない世界を映し出し、問いかけます。
一九九五年に開催された「北京世界女性会議」で、仲間と制作した「慰安婦」問題の教育ビデオを持って、報告会に参加した時、中国と北朝鮮の国境の町を訪れたことがあります。当時は橋を渡って、お土産のバッチを売る、おばさんたちもいて、のどかな雰囲気でした。私の親戚や知人にも、日本での将来を閉ざされ、少なくとも、民族差別のない北の祖国に帰国した人がいますが、その人たちの現在を、知る術はありません。度重なる自然災害、経済封鎖などによって、国家統制はますます厳しくなり、十分な食料も確保されず、薬も不足し、ちょっとした病気で亡くなる人が多いと聞きます。
映画を観て、一五年前、国境の町でバッチを売るおばさんたちから「日本で暮らすのは大変でしょう」と、心配されたことを思い出しました。統一される、その日まで、同じ民族、同じ人間という目線で、半世紀以上、分断されたままの祖国を見守りたいと思います。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。