第44回 新しい自分を「想像する力」
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
現代アートとの出会いは、「慰安婦」問題の真相究明と解決を求める活動をはじめた頃です。「慰安婦」の女性たちと、国防婦人会の日本人女性たちの写真を対比させた作品を見て、こんな表現方法で、歴史の事実を突きつけることができるのだと、感心させられました。その後、「自分は何者なのか」を問いかける、黒人女性たちや、移民女性たちのアートを知ることもできました。そんな魅力ある作品に触発され、「在日」女性たちの家族写真を作品にし、二〇〇二年に開催された、光州ビエンナーレの「コリアン・ディアスポラ」をテーマにした展示室に出品することになりました。現代アートの魅力は、多様な発想が生まれ、自らも表現したいと思えるところです。
二〇一〇年に、瀬戸内海の七島で開催された「瀬戸内国際芸術祭(ビエンナーレ)」には参加できなかったのですが、ようやく先日、直島と犬島に行くことができました。旅のはじめに、岡山にある、「石原田園ギャラリー」を訪問し、ポヂャギや染色、陶芸や風景画、木のオルゴールなどの作品の説明を聞き、丁寧に見ました。その後、ハーブがたくさん植えられた、風と香りを感じる素敵な庭を見ながら、自家焙煎のコーヒーをご馳走になり、宮浦港に向かいました。
船つき場に到着し、船を待っていると、英語だけでなく、スペイン語や中国語、韓国語などの言葉が飛び交い、「国際芸術祭」だという実感が湧いてきます。穏やかな瀬戸内海を見ながら、家族写真の作品展で初めて、バンクーバーを訪問したことを思い出しました。船から見た景色がよく似ているのです。
いよいよ、楽しみにしていた「家プロジェクト」の作品を探しながら、直島を散策すると、しゃれた表札に驚かされ、古い町並みを復興させている島の人たちの意気込みが感じられます。暗闇の中で、少しずつ光の存在を感じたり、地中美術館で海と共存した景観を眺めたりしていると、日常が遠くなって行きます。残念だったのは、子どもには見せられない、私も見たくない、性暴力を助長する手ぬぐいが売られていたことです。
翌日、訪問した犬島の歴史を伝える、「精錬所」の廃墟の中で、鏡が映し出す虚構の出口に惑わされながら、展示室に案内されました。三島由紀夫が使用していた「水屋箪笥」や机、つり下げられたドアや襖などが配置された空間に身を置くと、時空を超えた、不思議な感覚に襲われます。
アメリカと日本との関係を蜘蛛の巣のような、レース編みに象徴した作品や、沖縄戦や原爆投下、南京大虐殺の写真が映し出される瞳の作品も見つけました。戦争体験のない自分がどれだけ学び、平和の大切さを実感しているのか問われているようです。
作品を見ながら、常識や思い込みを崩し、無になる瞬間、新しい自分の姿がぼんやりと浮かんできました。未来より、過去の時間が長くなると、「想像する力」を高める努力が、今まで以上に必要になっていきますね。
二〇一三年、二度目の瀬戸内ビエンナーレが開催される予定だそうです。新しい「家プロジェクト」がはじまります。その前に、今回、訪問できなかった豊島や国立ハンセン病収容所、「大島青松園」の作品を是非、見てみたいと思います。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。