第45回 女性専用車両
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
女性専用車両に乗っていると、男性二人が乗り込んできました。周りが女性ばかりだったので、気づいたようですが、「二人だから、別にいいやん。」と言いながら、そのままです。嫌だなと思っていると、ますます大きな声で、取引先の女性管理職の愚痴を言いはじめました。幸い、次の駅で二人は降りたので、良かったなと思っていると、また、男性が一人乗り込んできます。先ほどの男性たちを見て、乗っても良いと思ったようです。そっと、側により「ここは女性専用車両ですよ。」とささやくと、すぐに移動してくれました。
一九八八年、一一月、夜の大阪市営地下鉄御堂筋線で、二人組の痴漢に対し、勇気を出して注意した女性が逆恨みに遭い、襲われるという事件が起こりました。女性は被害届を出した警察で、「大きな声を出しても、誰もたすけてくれなかった。」と恐怖の体験を語りました。事件を知った女性たちが、犯人へのあまりにも軽い罰則に、いてもたってもいられなくなり、「性暴力をなくすよう、車内広告やアナウンスなどで積極的なPR活動を行ってほしい。」という申し入れを交通局にしましたが、巡視や見回りの強化と女性に自衛手段をとるよう協力を求めるという返答でした。他の関西私鉄各社にも要望書を出したのですが、翌年に大阪府警と関西鉄道協会が制作したポスターには「痴漢をやめろ」という呼びかけでなく、「痴漢行為にあったら、勇気を出して大きな声を出しましょう。」という趣旨の内容が書かれてありました。声を出しても、特別視され、助けてくれない状況なのに、こんなポスターが貼られたら、訴えなかった女性が悪いということになります。
要望をするたびに、性暴力を行う男性に甘い社会が浮き彫りになっていきます。これでは、女性は救われないと、九三年には「ストップ痴漢アンケート」を実施し、働きかけを行いました。回収された、二二六〇人のアンケートの回答を見ると、七割が痴漢の被害にあっています。「誰も、助けてくれないので、必死で防衛しながら毎日の通勤や通学電車に乗っている。」「怖くなって、仕事や学校に行けないときもある。」など、たくさんの、体験が書かれてあります。女子高校生への被害が多発し、対策に乗り出す高校も出てきました。そんな中、ようやく、「痴漢アカン」というポスターや「痴漢行為は犯罪です。」という車内放送での呼びかけも実施されるようになりました。そして、一時的な避難場所としての女性専用車両が二〇〇〇年以降に導入されるようになったのです。性暴力やDVの被害に遭った女性たちも、通勤や通学、外出のときに緊張しないで乗れる車両ができたのです。しかし、痴漢冤罪事件が報道されると、被害者が悪かったかのような世論が起こり、女性専用車両は必要ないという意見が出たりします。
本来ならば、女性専用車両が必要のない社会を実現することが大切です。加害者も被害者もつくらないためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。痴漢アンケートを実施した「性暴力を許さない女の会」をはじめ、被害者支援の闘いは、根を張って続けられています。心強いです。被害者になったときには、どんな対処が必要なのか、大切な人が傷ついたとき、どんな支援ができるのか、「サバイバーズハンドブック」を家に置き、ときどき、読んでいます。性暴力は、支配力を確認する卑劣な手段です。被害を訴えても、被害者が傷つき、「泣き寝入り」する社会では、加害者は増え続けます。先進の韓国の女性運動を励みに、子どもたちを虐待から守る手立ても、考えていきたいと思います。子どもたちにとっても、女性専用車両は救いの場です。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。