第96回 みんなで考えれば何とかなる
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
授業に呼んでもらって、自分の力のなさを思いしらされることがよくあります。韓国語を知っているので、ずっと手をあげてくれる子がいるのですが、あて続けるわけにもいかず、他の子に振ると、「無視した」とすねます。みんなが分からなかったら、一番知っているあなたに答えてもらうからねと言っても不満そうです。衝撃的な殺害事件の後だったので、「マレーシア」「キムジョンナム」と連呼する子どももいます。無視するわけにはいかないので、本当に驚いたねと返し、中国側から見える北朝鮮の美しい山の写真を見せ、20年も前になるが、橋を渡って中国側に土産物を売りに来たおばあさんが、大阪に親戚がいると懐かしそうにしてくれたこと話しました。どんなにひどい事件がある国でも、そこに住んでいる人たちは自分たちと違うのか。困ったときに助けないのか。領土問題や「慰安婦」問題で政府間の意見がくいちがっていても、震災にあったら一番に日本を支援してくれたのは隣の国なのに。言いたいことを飲み込んで、子どもたちの心に届く言葉を考えます。
当事者である自分が「在日」の存在や韓国、朝鮮の文化を伝えるときのプレッシャーはかなりなものです。しかも、韓国や朝鮮の文化は幼い頃から身に着いたものではなく、大人になって身に着けたものです。それでも、毎年授業に呼んでもらうと、子どもたちの成長を見ることができます。うれしいのは、今まで、取り組んだことを覚えてくれていることです。チマ・チョゴリのパックン人形を作ったこと、ハングルの名前カードを書いたこと、チャンゴのリズムやプチェチュム(扇の舞)を体験したこと、ペンイやユンノリ、チェギチャギ、コンギで遊んだことなど、たくさん思い出してくれます。コリアタウンを見学する学校も増えて、事前学習を依頼されたり、いまの問題を考えるワークをしたりしています。
今年度は「人はなぜ移動するのか」というテーマで、高学年にグループで考えてもらいました。「紛争や内戦などで、危険だから」「仕事がない」「原発事故や地震で」など、さまざまな意見が出ました。自分が生まれ育った国に住めなくなってしまう。そんな人たちが難民とされ命の危険を冒して、言葉も生活習慣もちがう外国に逃げてきたり、移住したりすることがどれほど大変なことなのか。自分の生活からは考えられないという顔つきでしたが、実は日本も明治以降、たくさんの人たちが外国に移民していることを伝えると、とても驚いていました。小学生の時、内戦中のアフガニスタンから日本にやってきた人や、姫路にたくさん住んでいるベトナムの人たちのことを話すと、日本にも、いろいろな外国からきた人たちがすでにいることに気付いてくれます。では、自分たちの地域に、外国の人たちがたくさん来たらどうなのか。みんなで考えてみました。感想文には、「そういう時が来たら、自分から話をして仲良くなりたい」「自分もつらいときは人を頼りたくなるので、外国の人たちに頼ってもらえるようになりたい」と受け入れる気持ちが書いてありました。考え方や生活習慣のちがいなど、問題は山積みになるでしょうが、みんなで話し合い、知恵を出し合うことができれば、何とか共に生きていけるのではないかと希望が持てます。
「かわいそうな外国人」なら受け入れて、「権利を主張する外国人」は排除するということにならないよう、同じ目線で相手を尊重できることが大切ですね。そうなるための、トレーニングを積むことで、自分も人間らしく生きていけるのだと思います。困らせてくれる子どもたちと向き合い、つながりたいという気持ちを持って、楽しく、心を揺さぶる授業を考えていきたいです。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。