第99回 声に出して読む働き
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
先日、6年生の音読の授業を参観しました。星野道夫さんの「森へ」という、アラスカからカナダにかけて広がる原生林の世界を表現した作品を音読し、グループでアドバイスをし合い、みんなの前で発表するという授業です。頑張っている子を発表者に選び、聞く側が一生懸命に聞き、仲間の音読を支えていました。安心して音読ができる、クラスの雰囲気が素晴らしく、この教室に聴覚しょうがいを持つ子どもがいたら、どんな授業になっていたのかも気になりました。
参観したあと、「音読」と「朗読」のちがいや働き、音読指導の留意点などについて考えることができました。私も担任をしていたとき、音読カードを渡し、毎日、おうちの人に聞いてもらうという宿題を出していました。吃音のある子への配慮はしていたものの、音読を聞ける、聞いてもらえる状況にない保護者や子どもたちがいることを考えずに、宿題を出していたことが今でも悔やまれます。助言の先生のお話を聞いて、目で読むだけでなく、声に出して読むことで、書いてあることを確認したり理解したりする役目があることにも気づきました。日本語の読み書きができなかった一人暮らしの祖母に、町内会の回覧の文章を読んであげたのは小学校中学年の頃だったと思います。祖母が理解できるまで何度も読んだり、説明したりしていました。外国から来た子どもたちが、習いたての日本の文字を指で押さえながら、たどたどしく読み進む姿にも出会いました。また、読むことができても、本に書いてある日本の文化がわからず、内容が理解できないこともあります。声に出すことで、一緒に確認し、理解を深めることができるのです。
高校の時の選択授業は音楽で、発表会の時の司会を演劇部だった私がすることになりました。三好達治の詩「蟹」の合唱を紹介するとき、初めて大勢の人の前で詩の朗読をしました。部活でしていた発声練習のお陰で、深みのある声で良かったと好評でした。自分の声が発表会の雰囲気づくりに貢献できたことがうれしくて、その後、大学の民族サークルでの発表会や「慰安婦問題」などの集会での司会もやりました。教員になってからは、気に入った本の紹介とともに、読み聞かせをたくさんしています。物語をイメージしやすいように読む工夫も必要だし、自分の考えや願いを込めて読むこともあります。そういえば、ミウ=ミウが主演のフランス映画、「読書する女」を観て、あんな素敵な声で朗読できればとあこがれたことがありました。文字が読めない子どもや大人たちに、物語を読むという幸せな経験も思い出します。
被爆した母と子の手記を読む朗読劇、「この子たちの夏」を観たとき、朗読のすごさに圧倒されました。何十年たっても、1945年8月の広島と長崎の凄惨な状況が再現されるのです。1985年の初演以来、23年間767回の全国を巡る公演活動が行われました。この公演に出演してきた18人の女優が集まり2008年3月、新しく「夏の会」を立ち上げ、女優たちによる朗読「夏の雲は忘れない」1945・ヒロシマ ナガサキの公演活動をスタートしています。今年の夏も公演が予定されています。
4月に転任した学校の6年生に、修学旅行で広島にいく前日、奥田継夫さんの集団疎開の絵本、「お母ちゃん、お母ちゃーんむかえにきて」を読みました。シーンと静まり聞き入ってくれる子どもたちと、戦争はしてはいけないという思いを共有することができました。次回は井上ひさし原案による絵本、「けんぽうのおはなし」(講談社)をぜひ、みんなに読みたいと思っています。大人たちも、気持ちが良くなったり、生きる勇気が湧いたり、自然や人間の素晴らしさに感動できる、「音読」や「読み聞かせ」や「朗読」を聞きたいですね。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。