第56回 善意でしか救われなかった技能実習生のケース
吉嶋かおり(よしじまかおり)
新型コロナウィルスの影響により、多くの技能実習生が苦境におかれているのをご存知でしょうか。
ある日、「朝、畑に行ったら、納屋に外国人が寝ていた」と農家の方から連絡が入りました。技能実習生の若い男性でした。
彼は、大阪から何百キロも離れたところで実習を始めたばかりでコロナが流行。仕事が激減し、生活が困難に陥ったとき、SNSで知り合った人から「大阪で仕事がある」と言われ、実習先を抜け出しました。電車代がつきたところから約200㎞の道のりを、徒歩で大阪まで来ました。しかし、紹介料として請求されたお金とパスポートを取られたまま、相手は二度と現れませんでした。詐欺でした。野宿していた時に持っていたのは、携帯と所持金90円だけでした。
当協会はシェルター施設がなく、金銭的援助もできないため、彼にできる支援がありません。技能実習という在留資格はさまざまな法制度上の制限があり、このような苦境にいる技能実習生に対して、一時的な滞在と今後についての支援を行っているところは、全国で数か所のみ、いずれも慈善的な活動です。
その一つに連絡を取ったところ、その日中に受け入れが可能だという返事をいただけました。電話だけのやりとりにも関わらず、素早く、かつ、的確に対応していただけました。
彼は、この支援先へ行くしかありません。交通費があれば、もと居た実習先へ戻ることもできますが、それは、金銭的にも心情的にもない選択でした。
しかし彼は、この提案に強い不安を示しました。それもそうでしょう。日本に来て、少なくとも3回も、騙されたり、裏切られたりしてきたのですから。しかも、初めて来たセンターで、初めて会う私に、「ここに行ったら助けてもらえるよ」と言われても、信じられないのはよく理解できます。
私は彼に、「この農家のおじさんは大丈夫だと思ったから、一緒にセンターに来たんだよね」と話しかけました。おじさんは、彼に朝食を食べさせ、私が支援先を探している間に、昼食やお茶などもごちそうしていたのです。「あなたが信用したおじさんは、私たちを信用して連れてきてくれたんだよ。そうやって信じる気持ちがつながっているよ」。おじさんの「支援先に行った方がいい」という言葉もあって、彼はようやく決意しました。彼に安心してもらえるよう、「何かあったら必ずそこまで迎えに行く」と約束しました。スタッフが駅まで同行し、緊急支援金で切符を買い、車両まで見送りました。おじさんと別れる時、彼は涙ぐんでいました。そして電車に乗ったときに、初めて笑顔を見せてくれました。
彼が安心して眠れる場所に辿り着けたのは、善意の人々の支援に、たまたまつながったからです。どれか一つがなくても無理でした。こんなふうに「ラッキー」で終わらせていいのでしょうか。技能実習生という制度の問題については、すでに多くの指摘がなされてきています。私たちはそれに真剣に向き合っていかなければならないと思います。彼らはもう、日本の社会経済になくてならない存在になっているのですから。
(2021年6月号より)
吉嶋かおり(よしじまかおり)
外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。