第41回 主体的選択・決定のための通訳
吉嶋かおり(よしじま かおり)
Aさんは腹痛を訴えて受診したところ、手術が必要だと言われました。でも何がどうなって、どうしたらいいのか、Aさんはさっぱりわかりませんでした。それでAさんに、カルテのコピーを請求し、それを相談に持ってきてもらうよう伝えました。カルテの中で、一般的にわかる内容について、通訳してAさんに説明しました。ですが、入院中も退院後の受診の時も、Aさんは医師や看護師が何を言っているかほとんどわからず、また、自分の症状を訴えることも、医師に尋ねたいことを聞くこともできずにいました。そこで、Aさんの訴えや質問を日本語でメモにしました。Aさんはそれを医師に渡したところ、医師は空き時間にセンターに電話をしてくれ、状態を説明してくれました。Aさんはとても安心できたようです。
Bさんは、連絡が途絶えて何年もたっている夫と離婚をしたいと思いました。経済的に苦しいBさんにとっては、離婚すれば、児童扶養手当を受けられるということが理由の一つでもありました。ところが夫は遠方に住所地があり、しかも連絡がとれませんでしたので、夫の地域の家庭裁判所に、離婚調停を申し立てるほかありません。しかしBさんは日本語がほとんどできず、弁護士を探すことも、弁護士と打合せをすることも不可能でした。
幸いにも、その地域の弁護士で、テレビ電話での打合せで対応してもらえる方を見つけることができ、多言語相談スタッフとBさんが、テレビ電話を通して弁護士に依頼することができました。
医療と法律の分野の通訳には、高い専門性が求められます。その上、これらの分野には「文化」の要素も加わります。医療では、何を病気とみなすか、病気に対してどう対応するかというのは、それぞれの歴史的背景をもった文化があります。法律も、その国で「常識」とみなされることや、善悪の考え方、家族や社会の成り立ちなどをもとにつくられるものですので、文化が違えば、法律についての考え方も異なるわけです。
どうすれば、日本語が十分でない人たちも、自分の命と権利を守るために、必要なサービスにアクセスできるでしょうか。通訳者を確保するというのは、最も良い方法ですが、経費や人材確保は課題です。また、問題を抱える人はたいてい経済的にも苦しいことが多く、自分で通訳者を確保することができません。先に述べたように、電話やテレビ電話で対応してもらえると何とかなる部分もありますが、「個人情報なので本人にしか話せません」と言われることもあり、そうするとお手上げです。
医療も法律も、日本語が母語の人であっても難しい言葉や内容が使われますから、実はこれは日本語力が困難な人だけの問題ではないとも思います。難しい内容であっても、どれだけ平易で簡潔に説明できるか、これは専門家に問われることです。このことは何も医療や法律に限らず、行政手続きや、住宅などの契約など、さまざまなところで言えることです。
日本に在住の外国人は、多様で、点在もしています。その人たちが十分に利用を保障されるような柔軟な対応を模索することは、利用する外国人にとってだけでなく、提供する専門家・機関にとっても助かることではないでしょうか。
(2015年12月号より)
吉嶋かおり(よしじま かおり)
外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。