第44回 相談者の苦難とともにいる
吉嶋かおり(よしじま かおり)
日本人の夫から離婚を求められたが、離婚したくない、という相談が時々あります。話を聞くと、たいていはひどい夫です。「そういう夫を愛している?」と聞き進んでいくと、本当は離婚したいと言います。ですが、子どもがいない場合、離婚すると在留資格を失い、日本に住み続けられなくなります。離婚したくない、というのは、それが大きな要因でした。「発展途上国」から来た外国人女性にとっては、帰国は死活問題になるからでしょう。「何とか日本で生活していけないか?」と聞かれます。ですが、それはほぼ不可能なのが現実です。
日本で起業・経営していたが、上手くいってないので、お金を貸してくれるところはないか、生活費を支援してもらえないか、という相談があります。この在留資格では福祉支援を受けることはできません。また資金調達は、多くの起業家と同様、それほど簡単なことではないでしょう。
技能実習生として就労していたが、思っていたような仕事ではなかった。疲れたし、しばらく休みたい、別の仕事をしたいという相談もあります。技能実習生は特別な理由がない限り、転職できません。
こういう相談は、どれも「思うようにならない」悩みや問題です。法制度を越えて何とかすることが不可能なこともあります。こういうとき、私は基本的には何もできません。ですが、そのなかで、相談者が自分の人生をどう考え、選択し、行動していこうとするのかを一緒に考えます。
「ゲド戦記」の翻訳者として知られる清水眞砂子さんが、社会的弱者という視点は、強者にとって心地良い枠組みである、ということを書いていました(「子どもと生きる」河合隼雄編)。「弱者」には「強者」が対峙していて、それは決して入れ替わることのない枠組みです。その中で、強者は、弱者が弱者らしく振舞うことを期待しており、弱者らしく振舞わないことに、強者は違和感や居心地の悪さを感じるといいます。そうすると、「弱者支援」は、実は、いつも弱者のままにしておく支援になります。
相談員というのは、ボクシングのセコンドみたいな存在なのではないかと思います。相談者は「選手」です。私は、対戦相手についての適切な情報をボクサーに与え、戦略を練ります。他の専門家とチームを作ることもあります。戦いは、具体的な相手があることもあれば、自分自身だったりもするでしょう。対戦のために必要な心の力をエンパワーし、実際の技術を促すのが私の仕事だと思っています。決して代わりに戦うのではありません。
清水眞砂子さんは、戦いを挑む弱者は、弱者ではなく「敗者」であると述べていました。敗者は常に強者と同じ土俵、同じリングにいます。たとえ決して勝つことがないとしても。
先のような相談では、「何とかならないか」「何とかしてもらえないか」と言われることがあります。しかし、他者に何とかしてもらう弱者になるのではなく、置かれた状況の中で、自分が大切にしようとしていることを見つけ、主体性をもち、自分の人生を生きてほしいと思って支援をします。たとえ敗者になるとしても、強者への従属を離れ、孤高の主体性を持つとき、それは輝ける敗者なのではないでしょうか。
(2016年12月号より)
吉嶋かおり(よしじま かおり)
外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています