第47回 シェアード・デシジョン・メイキング
吉嶋かおり(よしじま かおり)
「シェアード・デシジョン・メイキング(shared decision making) 」とは、病気の治療において、科学的な根拠をもとに、医療者と患者が一緒に治療方針を決定するという考え方です。「インフォームド・コンセント」は、治療に関わることについて、医療者が患者に説明し、患者の同意のもとに治療を進めるもので、この言葉は浸透し、実践されるようになってきています。インフォームド・コンセントは、治療効果の確実性が高い場合に用いられていて、シェアード・デシジョン・メイキングは、効果の予測が難しいとか、慢性的な病気や、様々な治療選択がある場合などに取り入れます。患者の自己決定を重視するもので、医療現場で導入しようとしてきているそうです。
この用語を聞いて、とても興味深いと思いました。移住者などを対象とした相談では、当然求められている姿勢であり、実践していることでもあるのですが、医療においては、新しい考え方としてとらえられているようです。私自身、シェアード・デシジョン・メイキングで治療を受けた経験は、これまでのところありません。
「移住者(在住外国人)」と「患者」は、共通項があります。どちらも、情報弱者であり、自分での対処は困難を感じやすいでしょう。自分自身でできることや自己選択が限られていたり、選択・決定への不安やリスクを感じます。ですので、治療と相談対応にも、共通するところがあるのではないかと思います。
多言語相談サービスでは、相談者の訴え、ニーズ、思いを理解したうえで、取りえる選択肢を提示し、それらがどういうものか、どのような展開が予想されるかということを説明します。Aさんは、就労先の横暴な態度や差別的な待遇などに耐え難い気持ちを持ち続けていたのですが、ある日突然、逃げ出しました。ですが、行くあてや先の生活の見通しがあったわけではなく、追い詰められた気持ちからきた行動でした。Aさんは仕事を辞めたいし、上司にも会いたくない、住んでいた地域も怖いから戻りたくないと訴えました。その状況において、Aさんにある選択肢は限られてはいるものの、いくつかの方法が考えられました。私はそれらの選択肢を提示し、そして、それぞれがどのような展開が予想されるか、どういうメリットとリスクがあるかということを説明しました。大切なのは、提示する選択肢はどれも、Aさんの求めに沿ったもので、そしてAさんが見通しを持てるものであることです。自分で見通しを持つことができると、追い詰められた気持ちは落ち着き、自分のペースで、自信をもって行動することができるようになります。そうすると、それぞれの選択肢で想定されるリスクも引き受ける気持ちになれます。
当事者にとって必要な支援というのは、基本的にはシェアード・デシジョン・メイキング、つまり、当事者が状況を理解し、自分で選択でき、それを引き受けていけるようになるためのサポートなのではないかと思います。不条理なこと、困難なこと、悲しみや怒りを強く感じるようなことを、なんとかしたい(医療では完治)という気持ちになるのは人情です。ですが、支援者にできるのは、当事者の選択を助け、ともにいること。それが、当事者に自分の人生を生きてもらうことにつながると思います。
(2018年3月号より)
吉嶋かおり(よしじま かおり)
外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。