公益財団法人とよなか国際交流協会

外国人相談あれこれ

第33回 ハーグ条約と子どもの返還

吉嶋かおり(よしじま かおり)

 ハーグ条約の加盟に向けた承認案と関連法案が、5月中に国会で承認され、成立する見通しになりました。ハーグ条約は正式には「国際的な子の奪取についての民事面に関する条約」といい、1983年に発効し、80ヵ国あまりが加盟しています。ヨーロッパや南北アメリカ大陸の多くの国が加盟しており、日本はアメリカなどから強く加盟を求められていました。
 ハーグ条約は、一方の親が国境を越えて子を「連れ去った」場合、その子どもを、もといた国に即時に返還させることを、国同士が約束するものです。A国に住んでいた子どもが親によってB国に「連れ去られた」場合、連れ去られたほうの親は、A国に申し立てをします。A国はB国に通報し、B国が親に子どもを「戻す」よう、命令をするしくみになっています。
 この条約の実際は、子どもの安定的な養育環境を守るためというよりは、親が子どもに会うという親の側の立場が強調されているようです。条約批准で議論となった点としては、配偶者のDVのために子どもを連れて帰国した場合であっても、基本的には条約によって子どもをDV加害者のもとに戻す可能性が大きいという問題でした。
 相談の現場では、「明らかにわかりやすい」DVだけでなく、直接法に触れない形で振るわれる「暴力」がかなり多いことがわかります。経済的に絞めつけたり、精神的に追い込んだり、社会から隔絶するなどは、DV相談で珍しいことではありません。このような状況に置かれた被害者は、精神的な打撃が長年にわたって影響を及ぼし、安定して生活していくことがとても難しくなるため、自分が少しでも安心できる環境に移ることが必要です。その時に子どもを連れていくことは、DVによって子どももまた被害を受けていることからしても、必要な選択です。被害者の親が安定していくことは、子どもの健全な成長に必要です。ですから、子どもを元の環境に戻すことは、被害者にとっても子どもにとっても、被害をさらに深刻化させる可能性があります。
 条約に基づく子の返還義務は、返還を大前提としてすすめるものです。
 相談で、多くのDV被害者とその子どもたちを見てきた私としては、返還事務において、子どもの安全と安心が守られるようであってほしいと願っています。相談サービスを利用するDV被害者の多くは、母国が加盟していないため(ほとんどは東・東南アジア出身の女性)、直接影響があるケースは多くはないと思います。しかし、条約締結後の運用状況を注視しながら、被害者がさらに被害を受けないで済むよう、慎重に対応していきたいと思います。(※参考HP「ちょっと待って!ハーグ条約」)

(2013年5月号より)

吉嶋かおり(よしじま かおり)

外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。