公益財団法人とよなか国際交流協会

リレーコラム(2015年度~)

2022年4月 少しだけ北の国から@福島

辻明典(つじあきのり)

 この原稿を書いているころ、ウクライナにロシアが侵攻し、挙げ句の果てに、チェルノブイリ原子力発電所がロシア軍の武力攻撃にさらされ、遂に占拠されたというニュースが飛び込んできました。
このニュースを見た瞬間に、誠に嫌な感覚を思い出しました。福島第一原子力発電所が事故を起こしたときの、曰く言い難い、腹の底から湧き上がるかのような、あの嫌悪感を思い出してしまいました。11年ぶりに思い出した、嫌な感覚です。
 形容することが非常に難しいのですが、無理矢理にでも言語化するならば、「生が脅かされている」という嫌悪感でしょうか。「生」は、ただ盲目的に生きるということを意味しません。「生」とは、スペイン語で言えばvidaであり、英語で言えばlifeです。日本語に変換するならば、命、人生、生活、暮らし・・・と、複数の言葉に変換できるでしょう。そういった複数の概念が、「生きる」という言葉には含まれています。そして誰一人として、生まれてからずっと、全てを独力で生きてきた人など存在せず、誰かの力を借りなければ、生きていくことそのものが難しくなる。「生きる」ことは、とても大変なことなのです。
 その「生きる」ことそのものが、国家という暴力装置によって、破壊されようとしている。命そのものだけではなく、人生、あるいは穏やかな暮らし、そういった人間的な営みが、徹底して、「根こぎ」にされようとしている。
 詰まるところ、国家はいつも人の顔が見えていない。3月11日に私が思い出したのは、そういった嫌悪感です。

辻明典(つじあきのり)

協会事業(哲学カフェ、プロジェクト“さんかふぇ”等)に参加していた辻明典さんが、2013年度より故郷である福島県南相馬市に戻り、教員をしています。辻さんからの福島からの便りをどうぞ。