2024年8月 少しだけ北の国から@福島(第33回)
辻明典(つじあきのり)
『春は奪われた』
「しかし、いまは野を奪われ 春さえも奪われようとしているのだ」
近代朝鮮の代表的な詩人である李相和(イ・サンファ)の、『奪われた野にも春は来るか』という作品の中の一節です。春が巡り来る度に、私はこの詩文にとらえられてしまいます。原子力災害によって汚染された土地にも、春は巡ってきます。自然的な意味での春です。しかし、感じられるものとしての春がやってくることはありません。春は、奪われたままなのです。
先日、ふと思い立ち、浪江町を歩いてみました。自分の足で歩かなければ、見えてこない風景もあると思ったのです。映り込んでくるのは、所々にある更地と、人の住まなくなった家々ばかり。時折、住民の声がするのが救いでしたが、実際にここに住んでいる方々は、果たしてどれくらいいるのでしょうか。私はといえば、変わり果てた風景を前にして、かつてこのあたりにあったはずの、友人の家の場所や、その色やかたちさえも、もう思い出せませんでした。
浪江小学校があった場所は、更地になっていました。子どもたちがここで春を探す日常は、戻ってはこないのです。依然として、奪われたままの春は巡ってきます。これが、原子力災害のリアリティなのです。
帝国主義の侵略によって土地を奪われたことと、原子力災害によって土地を奪われたことを重ねるように描くのは、適切ではないという批判もあるでしょう。侵略した側の子孫であり、加害の歴史を負っている「日本人」の私がこんなことを申し上げるのは、あまりに無邪気で、あまりに無自覚ではないかと、疑問を覚える方々もおられるでしょう。しかしながら、大きな痛みを経験したからこそ、他者の〈苦痛〉へと想像力を働かせることはできないでしょうか。その可能性だけは、手放さないでおきたいのです。
辻明典(つじあきのり)
協会事業(哲学カフェ、プロジェクト“さんかふぇ”等)に参加していた辻明典さんが、2013年度より故郷である福島県南相馬市に戻り、教員をしています。辻さんからの福島からの便りをどうぞ。