第82回 ユージン・スミスが照らす明日
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
書道の昇段試験もだめだった。韓国語の本も読まなかった。英語はまったく学習しなかった。ピアノや歌の練習もしなかった。多文化な新しい工作を思いつかなかった。セーターは何年も編みかけのまま。刺繍やかご編みももう少しで完成なのに。思い返せば、後悔ばかりの年末になってしまいました。
今年は春から夏の初めまで、鬱々とした気持ちで過ごしました。自信を持って、仕事にも活動にも取り組んできたはずなのに、些細なことでつまずいてしまったのです。今やっていることに意味があるのか、自分が本当に必要とされているのか分からなくなり、出口のないトンネルにいるようでした。何もかもが面倒くさく、面白くなくて、朝起きて、仕事に行くのがやっとです。ほっとできるのは、休みの前日だけでした。映画やドラマを何時間も観たり、本を読んだりするのですが、日曜の夜には何もしなかったことを後悔するという繰り返しでした。しなくてはいけないことがたくさんあるので、後ろ向きの気持ちのまま動いていたのですが、ようやく、夏のドイツ旅行で吹っ切ることができました。
旅は日常から離れ、普段つかわない神経や感性を蘇らせます。見たことのない景色や建物、聞いたことのない音楽、言葉が通じないのも良いです。地図を見ながら、自力で目的地に到着すると、自分もなかなかできるじゃないかと思えます。言葉が分からなくても、バスや地下鉄を乗り継ぎ、自由に動けると、ドキドキする緊張感が薄れます。今まで、旅先で何度か大変な目に遭いましたが、どんな時でも冷静に判断できる人はすごいです。そうなるためには、かなりの経験と研鑽を積んでいなくてはなりません。
考えてみれば、外国から日本にきた保護者や子どもたちの力はすごいです。言葉も習慣も異なる場所で、生き抜いている姿が目に浮かびます。植民地時代に日本にやってきた祖母は、困難に立ち向かって生きる人でした。朝鮮人への差別が厳しい時代に日本で生まれた母は、どんなに苛められても人間的な優しさを忘れない人でした。
こんな人たちの歴史が繋がって私がいるのですが、ついつい、大きな力を持った人たちだけが世の中を動かし、何を言っても変わらないという諦めの気持ちになってしまいます。そんな時、図書館で水俣の被害を写真で訴えた、ユージン・スミスの生涯を記した本「ユージン・スミス楽園へのあゆみ」(土方正志著、偕成社)を見つけました。1993年初版の本ですが、2006年の改訂版を読みました。小中学生向きに書かれてあるので、ユージンが写真を撮るようになったきっかけや、小さな声を届けようとした志などが分かりやすく書かれてあります。沖縄戦で、日本軍の砲弾の爆風により全身を負傷した後遺症に悩まされ、水俣の患者たちと共に闘ったときに受けた暴行による痛みは激しく、死ぬまで彼を苦しめました。それでも、満身創痍で、水俣の写真を撮り続けました。自分の立場をまもるために、声を上げることが難しい人たちを取材してきた彼の生き方は、明日を照らす光です。歴史を変えるのは日々の暮らしの積み重ねだということを、思い出させてくれました。本を読み終えた電車の中で、熱いものが込み上げてきました。2015年の残された少ない日々を大切にし、来年もベストを尽くそうと思います。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。