公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第78回 ベルリンの壁を見て

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1989年、ベルリンの壁が崩されドイツは統一されました。生まれたときから分断された祖国しか知らない私にとっては、衝撃的なニュースでした。次は朝鮮半島の統一が実現されるに違いないと、大きな期待を持ったのを覚えています。あれから、24年が経過しました。「慰安婦」問題解決のための活動をしていたときに、「ベルリン女の会」の女性と連絡を取り合うようになり、95年にナチ時代の強制売春の被害女性が名乗ったことについても、手紙をもらったりしていました。
 「ベルリン女の会」20周年記念文集を読むと、1985年に日本の国籍法が父母両系血統平等主義に改正されるのをきっかけに学習会がはじまり、国際結婚をしているベルリン在住の日本人女性たちの現状を知り合うための集まりだったことがわかります。生まれた子どもは父親の国籍を継承するという日本の法律が、国際結婚をした日本人女性たちの声によって、母親の国籍も取得できると改正されたのですが、「在日」の中では韓国籍、朝鮮籍、日本国籍と、きょうだいの間で国籍の違いが生じ、国籍条項により排除を受ける子どもとそうでない子どもが85年以降、家族の中にいるということになりました。
 もう一つ「ベルリン女の会」の特徴は、ベルリン在住の韓国女性グループと交流していることです。画家の富山妙子さんが、ベルリンでの展覧会を開いたのがきっかけとなり、日本の朝鮮統治や光州民衆抗争、「従軍慰安婦」をテーマにした展覧会が開催されるたびに日韓の女性たちが富山さんを囲み、自分たちの体験や意見を忌憚なく語りあったそうです。韓国人女性から、ベルリンで体験した日本人からの差別や、日本に住む親戚が差別されていることなどが語られ、自分たちの差別意識にも気づくことになり、ベルリンで共に「慰安婦」問題解決に向けての活動をするようになります。
 8月に、初めてベルリンを訪問しました。20数年ぶりに再会した、「ベルリン女の会」の浜田和子さんにベルリンを案内していただきました。壁ができた理由や崩された経緯を聞き、人が住まなくなった戦後の西ベルリン復興のための施策があり、現在も家賃が安く、医療費や学費の負担がほとんどないことなどを知りました。所々、崩された高さ3.6メートルの壁にはたくさんの絵が描かれています。毎日、この巨大な壁を見ながら生活し、壁を通過しようと命を落とした人がいたという事実がのしかかってきます。パレスチナでは、この2倍以上の高さの壁が立ちはだかっていると聞き、想像しただけで重苦しい気持ちになりました。
 トルコ移民が目立つベルリンですが、最近はシリアなどからの難民申請者が急増していいます。ドイツは難民を積極的に受け入れていますが、旧東西ドイツの経済格差が残り、「職が奪われる」と反対デモが起こったり、難民施設を襲ったりする集団もいるそうです。移民の街、クロイツベルクに行くと、トルコ、英語、アラビアなどの言葉がたくさん聞こえ、活気ある雰囲気に触れることができました。ドイツ語が話せない子どもたちが増加し、学校もその対策に追われているそうですが、教員の夏休みはたっぷりあり、遅くまで仕事をすることはないそうです。
 浜田さんが是非、見学するように薦めてくれたのが、「テロのトポグラフィー」です。ヒトラーだけでなく、老人から子どもまでドイツ市民が熱狂的にヒトラー式の敬礼をする写真や連行されるユダヤ人を見物している写真があり、ごく普通の人たちも加害者だったという事実を突きつけられます。このような、ゲシュタポ本部や親衛隊保安部など国家のテロ機構が集中していたところに展示されているパネルや、町のいたるところで見つかるナチスの痕跡、そして、ようやく見つけた「つまずきの石」には、この家に元々住んでいたユダヤ人のことが明示されてありました。
 もう一つのお薦めは「オットー・ヴァイト盲人作業所博物館」です。ドイツ人のオットー・ヴァイトがこの作業所にユダヤ人を匿い、命を助けました。このように、反ナチ活動をした勇気あるドイツ人もいたのです。
 連日、35度を超す暑さのベルリンを歩きまわり、刺激的な5日間をすごしました。蚤の市や朝市、ふらっと入った人形劇、とても広い動物園、美味しいビールにアイスクリームと思い出は尽きませんが、コンビニがなかったというのが新鮮でした。  

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。