第75回 故郷の歴史と生活を体感
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
3月末に久々に新羅の古都、慶州に行きました。関西地区の「在日」の教員や民族講師が参加する研修会というのが魅力的でした。最近、豊能地域の学校にも民族名で活躍する若い教員が増えてきましたが、同じ学校で出会うことは稀です。久々に、韓国人ばかりという集団の中に浸り、とてもリラックスできました。見学や食事、講演の合間に交わされる会話の中に日頃、日本の学校の中で感じることや、違和感など、世代は違っても共感できる内容ばかりでした。韓国の文化を知ってもらおうと、授業を一時間しただけなのに、「韓国・朝鮮のことばりやっている。」という匿名の意見があり、話をすることも叶わず落ち込んだ。職員室で領土問題について、「在日」の自分がいることを忘れて話しているのではと、嫌な気持ちになる。自分だけが引っかかる言葉に、どう対応するのか。民族名を名乗っていても葛藤の日々です。
今回は、慶州を拠点にして新羅の仏教文化についてたくさん、知ることができました。今まで、何度か訪れたことがあった、国立博物館や石窟庵、佛国寺や海印寺を久々に見学し、仏教で民衆の気持ちを安定させた軌跡を確認しました。世界遺産に登録されているものばかりですが、修復が必要に見える建造物もあり、何故、修復しないのか疑問に思っていると、昔の塗料などがないから復元が困難だということです。百済の王仁博士が日本に漢字や仏教を伝えたといわれていますが、中国の力を借りた新羅と日本の関係は百済ほど深いものではありませんでした。
始祖がどこの出身かで、いまだに、新羅と百済に分かれて話すこともよくあるのですが、まるで、日本の源氏と平氏、薩摩と長州のようで、面白いです。歴史談義をしていると、新羅の野望のせいで、中国の属国のようになってしまったと責められることもよくあります。
南山や良洞マウルには、はじめて行ったのですが、感動の風景でした。2時間近く登った南山には、石仏がたくさんあり、信心深くない私も敬虔な気持ちになり、山から見下ろす美しい風景に、疲れを忘れました。
私の元々の出身地である本幹は、慶州近くの永川です。はじめて祖国訪問をしたのは、1970年代でしたが、一族は義城郡に住んでいました。全てが、驚く経験ばかりで今でも、覚えていることがたくさんあります。日本語を話せる親戚たちが、大阪弁ではなく北海道の言葉だったこと。日本にいる私たちの写真が大切にアルバムに貼られていること。ハンメ(おばあさん)やアジメ(おばさん)たちが集まって作ってくれたクッス(手打ち麺)やトトリムック(どんぐりの豆腐)がいつも食べている味と同じだったこと。学校に行けない子どもたちがたくさんいること。水道がまだなくて、私たちのために遠い井戸から水を運んでくれたこと。日本からきた私たち以外の女性たちは、男性と一緒に食卓を囲まなかったこと。かまどの焚口がオンドルになっていること。小さい古墳のような山がお墓だということ。一族のために父が日本で一生懸命働いてきたこと。
良洞マウルの昔からの家屋や生活を見学させてもらい、おやつを作る体験をすることで私の故郷の昔の生活を思い出し、懐かしく暖かい気持ちになりました。木蓮やレンギョウ、桜の花が白、黄、ピンクと美しく、真っ青な空によく映えていました。海から遠い慶尚北道では、塩漬けの魚や山で採れる山菜を保存食として工夫していますが、その中には発酵食品も多くあります。昔からの伝統食の中に、先人の知恵や工夫を知り、自分の食生活を見直す機会になりました。
楽しみにしていた学校訪問では、子どもたちがナンタを披露してくれ、授業参観もできました。この小学校の先生から、「国の発展は教育の力。未来を保障するのは教育だ」と、力強い言葉を頂きました。それまでの詰め込み教育から、情操教育に重きをおいているようで、民族楽器のみならず、ギターやバイオリンなど、たくさんの楽器が並べてあります。家庭の事情で楽器が習えない子どもたちのため、少しのお金で専門の先生たちから教えてもらえるシステムになっているそうです。成績だけでない、子どもたちの特性を重視した現実的な取り組みだと思います。韓国でも学級崩壊になったり、教員が暴力を受けたりする事件も多くなり、その予防のためにも、体育や芸術教育によって安全な学校づくりを目指している」ということでした。日本なら人権教育ですよね。
たくさんの学びと交流の中で、これからの日本と韓国との関係改善のために、こんな授業ができるのではと、アイデアが浮かんできます。もっともっと、韓国語を話せるようになりたいと、意欲も湧いてきました。がんばります。
良洞マウルで、日本で疲れたら、いつでもこの村に滞在してくださいといわれ、ほっこりしました。
皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)
1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。