公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第7回 物語が人生を救う?

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

 現在の勤務校は四年目になりますが、私が赴任したときに一年生だった子どもたちとは、ずっと一緒に国際理解学習をしています。授業の終わりに、子どもたちと仲良くなるために、「こわいはなし」をしてみたのですが、これが大うけでした。担任の先生の代わりに授業をすると、必ず「こわいはなし!」とリクエストしてくれます。毎回、登場人物や設定が変わるだけで、似たような結末になっても、子どもたちの眼差しは真剣そのものです。電気を消し、カーテンを引き、静まり返った雰囲気が、もうすでにこわくて、耳をふさいでいる子もいます。即興でおはなしを考えるので、展開に迷うときは、子どもに「どうなったと思う?」と聞くと、案外おもしろいことを考えてくれます。こういう具合に、たくさんのおはなしが出来上がりました。
 先日、久々に、四年生になった子どもたちに「こわいはなし」をしたのですが、今回は、読んでいた万城目学の「鹿男あをによし」をヒントに、はなしをしました。「鹿に突然、話しかけられた高校の先生が、鹿の頼みをうまく実行できず、だんだん鹿の顔になっていく」と話すと、「朝起きて、鏡をみたら鹿の顔になっているなんて、学校にいけないやん」と、驚きの声が上がります。「続きはまだ読んでいないので、また今度ね」と約束して、おはなしを終えた数日後、その続きはどうなったのかと休み時間に聞きにくる男の子たちがいました。結末を話すと、教室に帰ってみんなに話の続きを伝えてくれました。「また、面白い本のおはなしをしてね」という言葉にうれしくなって、今度はどんな本の話をしようかな、と考えています。
 貧しくて、小学校も満足に行けなかった父と母は、本を読める環境になく、家には絵本以外に本らしいものはありませんでした。私が本と出会ったのは、小学校の図書室です。借りてきた本が面白くて、閉じることができず、夜遅くまで読んでいました。「早く寝なさい!」と叱られると、電気を消して、布団のなかに蛍光灯を持ち込み、読んだこともあります。物語の世界に入り込むことで、「在日朝鮮人である自分を忘れる」という現実逃避の読書でしたが、意外にも、現実に立ち向かう力も与えてくれました。物語の中の登場人物に共感したり、違和感を覚えたりすることで、どんな人間になりたいかを考えることができたのです。残念なことに、物語の中で、等身大の在日朝鮮人に出会えたのは、高校生になってからです。
 以前に、親の離婚問題で悩んでいた子がいるクラスで、その頃、読んでいた、宮部みゆきの「ブレイブ・ストーリー」のおはなしをしました。親子三人、幸せだったある日、好きな人と暮らすという父親の突然の告白に、自殺しようとする母親。二人の関係を元に戻すため、小学校五年生の少年が、冒険の旅に出ます。少年はいろんな人と出会い、幾多の困難を乗り越え、世界を救います。成長して、帰宅した少年は、運命を変えるより、運命を受け入れようとします。父親の気持ちを認め、母親の支えになって人生を切り拓こうとする少年のはなしは、この子にとって、切実なものでした。十歳の子どもには抱えきれない悩みを、物語の中の少年は解決するのです。「先生、本を買って読んだよ」と報告してくれた顔がとても晴れやかで、今でも忘れることができません。
 教室にいる仲間は偶然のめぐり合わせですが、一緒に感動できる時間が多いほど、本当の仲間になっていきます。子どもの数だけ課題はありますが、子どもの力では、どうすることもできないことが多くあります。私が経験したように、本を味方につけることで、逃げ場にしたり、運命や人生に立ち向かう力を培ってほしいと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。