公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第34回 生まれて初めての選挙

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

よいよ、在日韓国人が選挙に行く日が近づいてきました。二〇一二年四月には韓国国会議員選挙、一二月には韓国大統領選挙があります。生まれてはじめて投票権を得た、「在日」の仲間たちはどんな気持ちなのでしょうか。私の父は今年、八〇歳になりますが、模擬選挙にも出かけ、意欲満々です。いつも、韓国の選挙を注視し、日本の選挙にも一喜一憂しています。「在日」にとっては、韓国と日本がどんな政権になるかで、自分たちの処遇や生活が大きな影響を受けます。選挙権がない分、ハラハラどきどきの速報を必死で見ていた最近の選挙でした。朗報は、今年の一〇月末に行われた、ソウル市長選挙で市民活動家の朴元淳さん(五五歳)が当選したことです。パクウォンスンさんは高名な人権弁護士で、日本の戦後補償問題である、「慰安婦」問題についても、二〇〇〇年に東京で開催された「国際女性戦犯法廷」で検事役を務めています。また、共和国との関係についても、現在の膠着状況を解決したいと意欲的です。「美しすぎる候補」と称された、与党ハンナラ党の女性候補に圧勝した背景には、二〇代から四〇代の七割に及ぶ支持率があります。社会貢献団体、「美しい財団」を設立し、二〇〇〇年の韓国総選挙で、「腐敗・無能」国会議員の名簿を作成し、世論に訴える「落薦・落選運動」を展開したことも記憶に残っています。
 常に、財閥や企業、権力の不正を暴き、貧しい人たちに与する、新ソウル市長への期待は高まるばかりです。しかし、ヨーロッパをはじめ、「世界的な不況」という現状にあって、すぐに結果を出さないと、国民が支持しなくなるという危うさもあります。どこの国でも舵取りは困難を極めていますが、民衆に尊敬され、信頼される人間性と活動実績が、財閥や企業利益の優先に勝利したことは大きな希望です。
 一九四五年八月一五日の解放以降、民主化までの長い道のりを歩んでいる韓国ですが、軍事独裁政権に抵抗し、獄中にいた人たちが、次々に政治家になっています。「慰安婦」問題を通じて、知り合った、韓国の女性活動家たちも大臣や国会議員になり、活躍しています。「すごいなあ」と感心しながら、どこでも二流市民扱いされる「在日」の境遇に、ため息をつくばかりでした。
 たくさんの人たちの努力のお陰で、私たちにようやく、選挙権が付与されるようになりました。免除されている兵役や、韓国に残された財産など、今後、討論しなければいけないことは山積みですが、選挙権があるということは、発言権があるということです。「在日」の民族教育への予算化や、本国での就学、就職など、将来の可能性が広がるのではないかと、父と話しています。
 一二月一八日、大阪国際交流センターで開催された「在日本大韓民国民団大阪府地方本部」主催の「第五回、韓国伝統文化マダン」に参加してきました。「在日」二世、三世たちの伝統舞踊や、民族楽器の演奏は素晴らしく、とりわけ、すごかったのが、金剛学園小学校舞踊部・サムルノリ部の民話劇と建国中学・高等学校伝統芸術部の演奏でした。誇りに満ちた、声とリズムに、満員の会場は大きな拍手と歓声で包まれました。寒くなる一方の大阪ですが、元気をいっぱいもらって、家路につきました。
 李明博大統領の訪日による、韓日首脳会談での「慰安婦」問題を巡る、すれちがいが報じられた一二月一九日の午後に、金正日総書記の急死が伝えられました。朝鮮半島のこれからを考えると、不安ばかりが募ります。大切な一票を無駄にしないように、選挙登録に行ってきます。「セヘポンマーニパデュセヨ」

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。