公益財団法人とよなか国際交流協会

なんぢゃ・カンヂャ・言わせてもらえば

第37回 人間としてするべきこと

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

今年度も国際理解教育に取り組んで、充実した一年になりました。五年生が「震災に学ぶ」の学習で、過去の大震災を知り、昨年の東日本大震災について、調べたり、考えたりしました。その中の、外国からの支援については、模造紙一杯に韓国、中国、アメリカ、東チモール、イスラエル、イラク、など、たくさんの国名が書かれてあります。近い国、遠い国、仲の良い国、あまり交流のない国、貧しい国、豊かな国と、一括りにできない多さです。また、援助の内容もお金や必要物資だけでなく、医師や看護師、救命隊などの派遣、楽器やパンダの贈貸与など、多岐に渡ります。どうして、そんなにたくさんの外国が、日本を助けてくれたのでしょうか。子どもたちは考えます。「日本に助けられたことがあったから。」「自分の国の人が被災地に住んでいるから。」「仲の悪い国でも、困っている時は助けないといけないと思ってくれたから。」「首相がお願いをした。」「貧しい国は、日ごろから助け合いがあるから。」という意見が次々に出てきます。
 日本はこの先もずっと、地震と付き合っていかなくてはならない地形です。もし、住んでいる地域で災害があれば、その時、外国の人がどんな支援を望むだろうかということも、一緒に考えてみました。「通訳や情報がほしいのではないか。」「家族に安否を知らせる電話をかけたい。」「日本人と同じ、平等に扱ってほしいと思う。」という意見が出ました。
 他の学校でも、同じ授業を私がしたのですが、「困っている人を助けるのは、人間として当たり前のことだから。」という意見に、本当にそうだと思うが、実際に実行できるのかと問いかけてみました。「嫌いな人でも助けられるのか、自分だけが良い思いをしたいと思わないか。」と聞くと、子どもたちは考え込んでしまいました。そして、自分たちの意見の少なさや、想像力のなさに、今まであまり考えてこなかったのだ、ということに気がついたようでした。
 一九二三年九月一日に起こった「関東大震災」では、たくさんの朝鮮人が殺されました。「朝鮮人が井戸に毒を入れた。」「朝鮮人が火をつけた。」という流言飛語に騙された民衆は、自警団となり、朝鮮人と間違われた日本人までも殺しました。横浜鶴見警察署長だった大川常吉は「朝鮮人を殺したいなら、おれを殺してから殺せ。」と身を投げ出して、三〇〇人の朝鮮人を千人の自警団から守りました。彼がデマを信じなかったのは、なぜでしょう。朝鮮人居住地を見回るうちに、朝鮮人との交流があったのかも知れません。朝鮮人たちが、そんなひどいことをしないと、冷静に考えることができたのかも知れません。流言飛語を広めて、徳をする人間を知っていたのかも知れません。そして、彼は三〇〇人の朝鮮人の命だけでなく、千人の日本人を人殺しにせずにすみました。友人のお祖父さんが、自警団だったときのトラウマを抱えたまま、亡くなったと聞いたことがあります。
 どんなに長く世代を継いで日本で生活していても、非常時でも差別なんかないという確信が持てません。でも、落ち着いて考えてみれば、日本人の友人、知人たちの顔が思い浮かびます。心強いです。
 トーマス・バーゲンソールが実体験を書いた、『アウシュビッツを一人で生き抜いた少年』という本を読んでいます。この少年が生き延びたのは、幸運もありましたが、人との出会いでした。怖いナチス親衛隊の中にも、彼を助けてくれ人がいたのです。「人間として当たり前のこと」を実行するのは困難です。だからこそ、いつも考え、心の訓練をしないといけないのだと思います。

皇甫康子(ふぁんぼ・かんぢゃ)

1957年大阪生まれ兵庫育ちの在日朝鮮人(朝鮮人は民族の総称)。
在日女性の集まり「ミリネ」(朝鮮人従軍慰安婦問題を考える会)代表。
「家族写真をめぐる私たちの歴史-在日朝鮮人、被差別部落、アイヌ、沖縄、外国人女性」責任編集。2016年、御茶の水書房刊。
小学校講師。
家族写真を使って、個人のルーツや歴史を知り合うワークを開催している。