第53回 国籍で阻まれた家族の生活
吉嶋かおり(よしじまかおり)
Aさんは二人の幼児がいます。上の子は日本国籍ですが、下の子はAさんの国籍のみでした。上の子が生まれたときは、日本人の夫が日本に出生届を出したのですが、下の子の時には出さなかったためです。外国で生まれた場合は、国籍留保の届出を出さなければ、日本国籍を失ってしまうのです。夫がなぜ出さなかったのかはわかりません。Aさんは当時出身国に住んでいて、この制度のことを知りませんでした。
Aさんは、その後連絡がとれなくなってしまった夫に会うこと、そして、日本人である子どもたちを日本で育てるために、日本へ行く決心をしました。しかし、渡航手続きをあっせんした業者に、同伴できるのは上の子だけだと言われ、上の子だけを連れて来日しました。まだ小さな下の子と離れるのは、とても辛いことでしたが、業者に対して強く主張することはできませんでした。この機会を逃しては、自力で来日することが叶わないことがわかっていたからです。このような背景を持って来日した親子は、Aさんに限らずたくさんいます。業者は、日本の就労先に都合がよいように進め、家族のつながり、子どもの生育について考慮することはないようです。それでも、来日し、生活が整えば、残った子どもを自分で呼び寄せることができます。そうやって、残った子どもと再会し、ようやく家族として生活できるようになった親子も、たくさんいます。
Aさんの下の子は、父親が日本人であっても日本国籍がないので、呼び寄せのためには在留資格を得なければなりません。しかし、在留資格申請は不許可になりました。理由は、収入が不十分ということでした。Aさんの上の子もまだ小さく、夜勤や休日の勤務ができないため、収入は非常に厳しいものでした。私たちが「生活保護を考えては?」と提案しても、Aさんは首を横に振り続けました。何とか自分で頑張りたいと言い、収入が少ないなりにも、節約し、安定的に生活は続けていたのです。
下の子が日本国籍を再取得するには、来日し、半年以上日本に住まなければなりません。日本国籍を取るかどうかだけでなく、Aさんは切実に下の子どもと一緒の生活を待ち望んでいました。上の子も、きょうだい一緒に生活したいとよく泣くそうです。
コロナウイルスが蔓延し、中国在住の日本人の引き上げのために、日本政府はチャーター便を用意しました。その時、中国人配偶者や子どもも、家族分離を避けるために、日本人との同航を許可していました。
家族に国籍は関係ありません。父母であり、子であり、きょうだいです。幼い子どもほど、親との生活、親による世話や関与が発達的に非常に大きな影響を及ぼします。Aさんのように真面目に働きながらも、低収入の家庭は、日本に多くいます。ですがAさんは、子どもが日本国籍ではないという理由だけで、日本政府から一緒の生活を拒否されたのでした。
Aさんは、仕事を増やして頑張る、と笑顔で言っていました。一日も早く、Aさん一家がみんなで生活できるようになる日が来てほしいと思いました。
(2020年4月号より)
吉嶋かおり(よしじまかおり)
外国人のための多言語相談サービス相談員。臨床心理士。2006年から担当しています。
どんな相談があるの?相談って何してるの?という声にお応えできるよう、わかりやすくお伝えできればと思ってコラムを書いています。